
私にとっての「はじめての介護」は、実の親ではなく、伯母でした。
親の介護が始まるより、ずっと前のことです。
私の実の両親は毒親ですが、伯母は本当に温かい人でした。
「愛の人」と呼びたくなる伯母
伯母は、ひと言でいえば愛の人でした。
どんなに自分が苦しくても、
どんなに体が思うように動かなくなっても、
いつも笑顔で、私にこう言ってくれました。
「ありがとうね」
こちらが「いいよ、気にしないで」と言っても、
気づけばこっそり玄関まで見送ってくれている。
それは、伯母がもう立てなくなる直前まで続いていました。
思いやりというものは、言葉ではなく、姿勢そのものなのだと、あのとき教えられました。

通うのは大変。でも、まったく辛くなかった
通いの介護は、決して楽ではありません。
移動も時間も体力も、正直それなりに消耗します。
それなのに、私はまったく辛くなかったのです。
むしろ、
「今日は伯母に会える」
それが楽しみで仕方がなかった。
介護に行っているはずなのに、
気づけば私のほうが癒やされ、救われていました。
このとき私は、心の底からこう思っていました。
「介護って、こんなものなんだ」
大変だけれど、温かい。
疲れるけれど、報われる。
人と人との関係性が、そのまま表に出る時間。
それが、私にとっての介護の第一印象でした。
そして始まった、実の親の介護
時は流れ、今度は実の両親の介護が始まりました。
そこで、私は思い知ることになります。
両親には感謝の気持ちは一切ない。
伯母は、感謝があり、思いやりがありました。
一方で、両親は、感謝のかけらもなく、気に入らなければ怒鳴りつけるタイプ。
同じ「介護」なのに、まるで別世界です。
あのとき私が思っていた
「介護って、こんなもの」
というイメージは、音を立てて崩れました。
命日が来ても、何もしない人たち
今月は、伯母の命日が来ます。
けれど、両親は何もしません。
手を合わせることすら、しない。
その姿を見るたびに、
伯母との日々が、どれほど尊く、温かい時間だったのかを思い知らされます。
伯母は、私にとっての「介護の理想像」
毒親介護で心がすり減るたびに、
私は何度も伯母のことを思い出します。
あのときの笑顔。
あの「ありがとう」。
あの、最後まで続いた思いやり。
伯母は、私にとって
- 介護の理想像であり
- 心の癒やしであり
- 「本当は辛くなかった時期」の象徴
なのです。
そして同時に、
今の状況がどれほど異常なのかを、はっきりと教えてくれる存在でもあります。
介護は、その人の本性が出る
私は今、はっきりとこう思っています。
介護は、その人の本性で左右される。
やる側ではなく、される側の人間性が、介護の空気を決める。
伯母との時間があったからこそ、私はそれを知っています。
だからこそ今、余計につらいのかもしれません。
でも同時に、あの優しい記憶が、私の心を何とか支えてくれているのです。
伯母のような人が、この世に確かにいた。
それだけが、私の救いです。

