父は要介護2へ改善。母は難聴。トラブル続出中。
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ブログを読んでくださる皆様への御礼

ぶろぐ
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ちひろ
ちひろ

介護は突然始まり、想像以上に心を揺さぶります。
「誰にも分かってもらえない」と思って始めた愚痴ブログが、気づけば多くの人とつながる場になりました。
ここでは、私と両親との関わり、そして介護の中で感じたことを正直に綴っています。

愚痴ブログから始まって

介護が始まったとき、記録を残しておこうという気持ちで始めたのがブログとXでした。
「誰も読まないだろう」「何の反応もないだろう」──そう思っていたのですが、意外にも多くの方に読んでいただけることになりました。

正直に言うと、これは愚痴ブログです。
読む人に嫌な思いをさせてしまうことも多いかと思います。

それでも、同じ思いや悩みを抱える方々から励ましの言葉やアドバイスをいただき、本当に感謝しています。
ネガティブなことを書いて炎上するのがオチかな……と思っていたので、これは嬉しい誤算でした。

厳しい親との関係

私の両親は、外では体裁が良いのに、私に対してはとても厳しい人たちです。
父は典型的な男尊女卑。
「女には学問はいらない」と平気で言うような人間でした。

母は父の前では従順な妻を演じながら、私には容赦なくきつく当たります。
耳が遠くなってからは特に顕著で、外でも大声で私を叱りつけるので、ご近所にも知られるようになってしまいました。

さらに、母は無類の悪口好きで、そしてとてもケチです。
その「ケチさ」の矛先が、娘である私に向けられてきました。

バリアフリーの家に引っ越した理由

今、私はバリアフリーの家に住んでいます。
引っ越した一番の理由は、母が大声で近所の人の悪口を言うようになったことでした。

ご近所からクレームが入っても母は反省せず、「私は悪口なんて言っていない」と開き直るばかり。
そんな状況に耐えきれず、引っ越しを決めたのです。

奪われたものと、それでも続く介護

この両親に、夢も希望も幸せも未来も奪われました。
それでも私は責任を果たすために、二人の介護をしています。

感情ではもう制御できないので、両親の前では笑顔を見せないことにしました。
笑顔を見せれば、いくらでも過度な要求をしてくるからです。

それでも書き続けたい

こんな思いを外に出してよかったな、と今は思います。
思わぬところで多くの人から励ましやアドバイスをいただき、
「もう少し無理しない程度に頑張ろう」──そう思えるようになったからです。

ちひろ
ちひろ

本当にありがとうございます。

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